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猫の報恩 回向院、徳善蓄男 [閑話・ブログ管理人より]

東京 墨田区両国のお寺、回向院。
1657年、将軍徳川家綱が江戸の大火災で亡くなられた人々を葬るよう命じたことによってお寺の歴史は始まる。家綱が後に愛馬を回向院に葬り、江戸の庶民たちの間で愛犬愛猫を葬る習慣が定着した由。

その回向院に猫を悼むために建立されたお墓がある。
ある商家に出入りしていた魚屋が病気で寝込んで働けなくなった折、何者かが家に小判を投げ入れてくれた。一度、二度。
魚屋が病から回復して商家に顔を出すと、いつもいる猫がいない。魚屋がいつもお魚をあげてかわいがっていた猫。何と、商家から小判を持ち出し、叱られても繰り返し持ち出すので処分されていたとのこと。
魚屋の家に投げ込まれた小判の包み紙によって、それは商家から猫が持ち出したものと判明。
かわいがってくれた魚屋の恩に報いて病気の間、猫が小判を届けていたとな。

商家の主人は後悔して魚屋に小判を与え、魚屋は回向院にお墓を建てて猫を手厚く葬ったと。猫の戒名は徳善蓄男、命日は3月11日の由。
3月になると、健気な猫のおはなしが思い出されます。当時の記録もあるので、本当にあった話ですよ。絶対。
この猫の報恩のお話は、多くの本等で紹介されています。
戦後、食料難の折り、飼い猫が家に肉の塊をもってきた、という話も新聞の読者声の欄に掲載されていました。画家ピカソが売れない時、やはり飼い猫が肉を加えて戻ったという話も読みました。
猫の報恩の話題でずっと以前にさわりに触れてていたかもしれませんが、一応また。
以上

管理人
2022.3.6



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