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東京猫物語 第五十五話 [「東京猫物語・外猫観察記」(管理人著・猫のお話)]

東京猫物語
第五十五話:α社のおねえさん

猫町公園の夜桜(猫町公園の夜桜)

(2000年:)
柔らかい春の陽射しが心地好く感じられる昼休み、猫町公園に長身細身の女性がやって来ました。齢三十前後。色白の三角顔に銀縁眼鏡。黒毛のボブカット。地味なグレー色のジャッケットと黒色のパンツ。底の低いベージュ色のメッシュパンプスを履き、安っぽい黒色のナイロンザックを背負っています。
たいして特徴の無い点が特徴ですが、一見神経質そうな面持ちです。
その時、私は昼食のサンドイッチを立ち休みしながら食べていました。
その女性は、斑猫おばさんを見て私に話し掛けてきました。
「会社の裏庭でお世話をしていた猫が、最近姿が見えなくなったのでこちらの公園に探しに参りました。元気でいてくれてよかったです」
低く穏やかな調子の声、言葉使いは丁寧です。
斑猫おばさんは昼食を済ませ、私の背後の土留め塀の上でスフィンクスのような姿勢をとって休んでいます。
「おい、お客さんだよ」
私が振り返って声を掛けると、斑猫おばさんは口を大きく開けて欠伸をしました。女性の手が斑猫おばさんの頭上に伸びると、斑猫おばさんはぎょっとして飛び退きました。そして、少し離れた所から腰を上げて、いつでも逃げられる姿勢でこちらを窺っています。
「世話をしていた」と言う割に、斑猫おばさんはこの女性に全然懐いていません。私は少し怪訝に思い、女性の話を適当に聞き流していました。
私が尋ねた訳でもないのに、女性は丁寧な口調で自身に関する話を続けました。自宅にも一匹迷い猫を飼っていること。猫町公園のα社に勤務していること。できることなら猫(斑猫おばさん)を保護して自宅で飼いたいが、両親からは今家にいる一匹だけしか飼えないと釘を刺されていること、等。最後に、女性は自分の名前と自宅の住所、職場の電話番号を書いたメモを名刺代りに私に渡して立ち去りました。
おかしな人ではないかと、私はずっと疑っていました。しかし、どうやら唯の猫好きでした。身元も明かしていて、一応安心です。
斑猫おばさんとおにいちゃん
その日を境にα社のお姉さんは、昼休みは勿論出勤前の朝に退勤後の晩にと、毎日猫町公園に現れるようになりました。そして、公園猫たちに御飯を与えるようになりました。公園にはボス、斑猫おばさん、斑猫おばさんの成長した二匹の子(チイスケたちのきょうだい)、キジトラ猫がいます。キジトラ猫は近日中に麻雀屋さんたちの事務所で飼猫になる予定です。雄のボスを除いて不妊去勢手術は完了しているので、理屈ではこれ以上猫が殖えることはありません。
α社のお姉さんは、印刷屋おばさんやバアサン妹たちとも顔見知りになりました。そして、毎日猫三昧、猫の話ばかりしています。猫町公園を訪れた人が猫に関心を示すと、α社のお姉さんは立ち所に飛んで来ます。
「ありがとうございます。今度xx時頃、御飯を上げてくださいませんか?」
「この子にはドライフードを充分に上げているので、缶詰にしてください」
猫を見ながら会話を交している人たちの間にも割り込んで来ます。
「この子のお母さんがあの子で、その兄弟があそこにいる子」
猫のガイドさながらの解説です。
α社のお姉さんは「公園の猫たちは皆私の猫なのですよ」という調子なので、猫に関心を示した人たちは皆退いてしまいます。α社のお姉さんに対する遠慮もありますが、少々鬱陶しいというのが率直な理由です。
ある日、印刷屋おばさんが、α社のお姉さんの略歴を本人の口から語られた通りに私に話してくれました。
「年齢は三十三歳、独身。中学から短大迄、都内の某名門私立女子校で一貫教育を受け、常に良い成績を収めました。短大を卒業後、α社に入社。以来、ずっと事務の仕事をこなしています」
印刷屋おばさんが最後にぼそっと一言付け足しました。
「自分で名門女子校だなんて。そんな事言う人も珍しいわよねえ」
α社のお姉さんは、園内の数箇所に置いた空き缶の中の水をこまめに交換し、各々の猫の好みに合わせた何種類もの缶詰とカリカリを紙皿に分けて配ります。
紙皿とカリカリが度々放置されるので、見兼ねた看護助士おばさんがα社のお姉さんに忠告しました。
「外から猫が集まって来るし、捨猫されると困ります。猫たちが残した食事は、きれいに片付けた方がいいですよ」
α社のお姉さんは忠告を聞き入れませんでした。
α社のお姉さんが「自分が猫の保護者であり、全部の責任者です」と言わんばかりなので、公園猫たちに関ろうとする人は徐々に減っていきました。
(続く)

以上
管理人
2014.10.05

「どこにでもいるような飼主のいない猫たち。彼らのことをよく知るほどに、きっと素敵な猫に魅せられるはず。飼主のいない外暮らしは、猫たちにとって決して楽ではありません。どうぞ、懐いたらお家に迎えてくださいね」

*東京猫物語は1998年から数年間、東京都心の某公園で猫たちを観察した体験に基づく実話です。

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