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東京猫物語 第五十九話 [「東京猫物語・外猫観察記」(管理人著・猫のお話)]

東京猫物語
第五十九話:猫差別 弐

凍みるような夜の冷気。季節は晩秋(2000年)になりました。
α社のお姉さんが猫町公園に現れてから早半年、その間に猫は三匹増えました。捨てられた三毛猫「チャーミー」、勿論雌です。どこからか流れて来た黒猫「マック」と白黒斑猫「黒ちゃん」。この二匹は雄です。チャーミーは不妊手術が施されていたそうです。マックと黒ちゃんは、α社のお姉さんが中心になって去勢しました。
α社のお姉さんは、公園の隅の銀杏の木の下にダンボール箱で作った猫邸を設置しました。小型冷蔵庫程の長方体の猫邸です。どこから調達したのか、正方形の木製パレットが猫邸の下に土台として置かれてあります。パレットの上にはブルーシートが敷かれてあります。
横にして置かれたダンボール箱も、ブルーシートですっぽり覆われています。ブルーシートが風に煽られて飛んだり、ずれ落ちたりしないように、ダンボール箱ごと太い白色のビニール紐でしっかりパレットに括り付けられています。面が狭いダンボール側面片側には、猫が一匹ようやく通れる程の小さな穴が開けられてあります。出入口の穴は、雨、風が吹き込まないように上から暖簾のように垂れ下がったブルーシートで隠されています。
ダンボール箱の内部、床面には割れ物などを梱包する時に使う、緩衝効果の高い半透明の薄いビニールシートが二つ折りにして敷かれてあります。更にその上には、アクリルの毛布が床面積に合わせて折り畳んで敷き詰められてあります。これなら箱が濡れたり汚れたりしないし、地面から冷気湿気も伝わりません。随所に細かい配慮と工夫の跡が見られ、なかなか立派な猫邸です。
いつの間にこれだけの資材を持ち込んだのでしょうか?

日が経つに連れて、この猫邸に入居できる猫はα社のお姉さんのお気に入りの猫たちに限られていることが判明しました。どの猫でも自由に入居を許されている訳ではありません。α社のお姉さんは猫たちを自分の好みでランク分けし、ランクによって待遇は異なるものでした。その概略は以下の通りです。
「ランクA」:猫邸の入居主要メンバー。
食事は国産の高い缶詰と、プレミアムフードのカリカリ。構成員銘々に「好みのブランド」が与えられます。傷病時には、α社のお姉さんの独自の判断で速やかに動物病院に搬送されます。何事に於いてもランク下位猫に先んじ、優先権が与えられています。
「ランクB」:猫邸への入居は可能。
食事は国産の缶詰とカリカリ。ブランドはα社のお姉さんの任意。恐らく、まとめ買いした時の在庫品でしょう。傷病時、動物病院への搬送は看護助士おばさん、マンションのバアサン妹と相談の上なので、ランクAの猫より遅れます。優先権に於いて、ランクAの猫たちに劣ります。
「ランクC」:猫邸への入居は不可。
食事は外国産のバーゲン品の缶詰、安物のカリカリ。動物病院への搬送は、余程悪い時以外は見送られます。
「ランクD」:猫邸への入居は不可。
傷病時でも動物病院への搬送は一切ありません。正確には、このランクの猫たちはα社のお姉さんには近寄らないので、動物病院へ連れて行こうとしても無理です。食事は通常用意されていません。ランクC以上の猫たちの残飯を食べることは黙認されています。
α社のお姉さん自らによって語られたという猫たちのランク別待遇は、だいたい上記の通りです。猫たちは気の合う者同士で一緒に過ごすことが多く、ランクA猫と親しい猫は、自然にその子も同ランク、あるいはそれに準ずるランクBとなります。
ランク別構成員を具体的に述べると、斑猫おばさん、斑猫おばさんの成長した二匹の子のムクムクとキコ、チャーミーがランクA。バアサン妹がかわいがっている黒ちゃんとマックがランクB。昔からの猫町公園の住人ボスは、斑猫おばさんのきょうだいでありながらランクC。ボスが一度、猫邸にマーキング(尿による臭いづけ)したことがα社のお姉さんの癇に触ったようです。
雌のキジトラ猫もランクC。キジトラ猫は麻雀屋さんたちがマミと名付け、事務所の飼猫にしました。外出自由の為、公園には今でも顔を出します。猫邸を必要とはしてはいません。猫町の外出自由の飼猫たち、公園に暮らしていない近所の外猫たちは皆ランクDです。猫の好き嫌いは個人の好みなので、多少の差別は仕方無いのでしょうか。
「猫の側にも人を選ぶ権利はあるのだから」などという会話が口さがない人たちの間で交されている頃、私は思い掛け無い光景を目にしてしまいました。
ムクムク
(ムクムク)
チャコ
(後に飼猫マミとなった)

ある晩、私は退勤後に猫町公園に立ち寄りました。α社のお姉さんは、大切な猫たちに晩御飯を与えているところでした。私たちは一言二言挨拶を交しました。α社のお姉さんの言葉遣いは、いつもの通り丁寧です。語尾は「でございます」調です。
「ウーーン」
突然、猫の低い唸り声が聞えてきました。
声の方角に目を凝らすと、猫邸が置かれてある銀杏の木の下で、近所の飼猫と思しいランクD猫の一匹が、ランクA猫のキコちゃんを威嚇しています。
「カーッ」
その猫はキコちゃんを追い立てて、晩御飯を横取りしようとしました。それを見たα社のお姉さんは、すかさず足元の小石を拾い、「こーん畜生!」と大声で怒鳴りながら小石をランクD猫に向かって投げ付けました。幸い小石は猫から逸れ、土の上を跳ねてから太い榧の木の根元で止まりました。続け様にα社のお姉さんは枯枝を拾うと、何やら大声で叫びながら全速力でランクD猫を追い掛け始めました。髪を振り乱し、目は吊り上がり、鬼のような形相と言うのでしょうか。とうとうα社のお姉さんは、哀れなランクD猫を公園の外へ追い飛ばしてしまいました。α社のお姉さんの怒号に恐れをなしたランクD猫は、一目散に走り去りました。そして、その夜再び猫町公園に戻って来ることはありませんでした。私は驚愕しました。我が目を疑い、我が耳を疑いました。
日頃の物静かな態度からは想像もつかないような下品な言葉、乱暴な振舞です。猫好きを自認している人が、猫に対してこれ程まで酷い仕打ちができるものでしょうか?α社のお姉さんの支配下、ランク下位にある猫がランク上位猫の食事を邪魔したり、存在を脅かしたりすることは決して許されない行為でした。
因みに、α社のお姉さんは、公園に遊びに来た子供が猫を追い掛けたりしようものなら、「猫が道路に飛び出して車に跳ねられると危ないから」と言って、子供の粗暴な行為をたしなめます。
人は他人の粗は見えても、自分の振舞には気が付かないことが往々にしてあります。「人の振り見て我が振り直せ」とはよく言ったものです。
その夜、偶然にも私はα社のお姉さんの本性を知ってしまいました。
恐らく、今迄にも人の目の届かない所でこのような猫差別を平然と繰り返していたと推察されます。
(続く)

以上
管理人
2014.11.08

「どこにでもいるような飼主のいない猫たち。彼らのことをよく知るほどに、きっと素敵な猫に魅せられるはず。飼主のいない外暮らしは、猫たちにとって決して楽ではありません。どうぞ、懐いたらお家に迎えてくださいね」

*東京猫物語は1998年から数年間、東京都心の某公園で猫たちを観察した体験に基づく実話です。

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