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東京猫物語 第五十六話 [「東京猫物語・外猫観察記」(管理人著・猫のお話)]

東京猫物語
第五十六話:チイスケの散歩:

チイスケ 六

梅雨も一休み。今日は天気の良い一日でした。
夜八時を回り、猫町公園前の裏通りは車が殆ど通らなくなりました。人の姿もまばらです。私が電気屋さんの倉庫の前を通ると、正面入口横に置かれたアルミ棚の上にチイスケがちょこんと座っていました。
私は指を鳴らしてチイスケを散歩に誘いました。
チイスケたちが未だ幼い頃、私はおやつを与えて指を鳴らし、猫たちに「おいで」の合図を教えました。感心する程、猫たちは音の合図を良く理解します。私が歩き出すと、チイスケは私の脚に沿って小走りについて来ました。
電気屋さんの倉庫を出発して古い民家の前を通り過ぎると、進学塾の前に出ます。講義の真最中なのか、進学塾の玄関には人影がありません。坂を下り、最初の角を右へ曲がると、古い民家が数軒続きます。
「夕飯おいしかった?」
途中、私はたいして意味も無い言葉をチイスケに投げ掛けながら歩きます。
チイスケはリードも付けていないのに、よく私の歩調に合わせてついて来ます。未だ一歳未満。若い猫だからでしょうか。電気屋さんの飼猫になった今、こうして私に寄り添って歩くことは遠からず無くなることでしょう。
チイスケは、路上に落ちているビンの栓や木の葉を見つけると、しばしば足を止めて物体の正体を確認します。チイスケが丹念に物体の匂を嗅いでいる間、私は立ち止まって待ちます。
「パチッ」「パチッ」
「チイスケ!」
チイスケが顔を上げたところで、私は指を鳴らして名前を呼び散歩を再開します。次の角をまた右へ曲がって進むと、やがて電気屋さんの倉庫の裏門前に出ます。そこから少し歩くと、私たちは猫町公園の南側出入口に着きました。園内に入り、チイスケの道草は少し時間が掛かります。チイスケは植込みの中に潜ったり、たまたま居合せたおじ猫のボスと挨拶を交したりします。
私たちは園内を南北に横切り、やっと出口へ続く階段を上がり切りました。
路上に出て、空き家を一軒経て出発地点、倉庫の正面玄関です。
散歩はここでおしまいです。
一周約三百メートル弱。人にとっては短い距離ですが、チイスケが散歩するには充分な距離と思われます。
チイスケは私を振り返ることもなく、真っ直ぐ電気屋さんの倉庫の中へ駆けて行きました。
(続く)

以上
管理人
2014.10.11

「どこにでもいるような飼主のいない猫たち。彼らのことをよく知るほどに、きっと素敵な猫に魅せられるはず。飼主のいない外暮らしは、猫たちにとって決して楽ではありません。どうぞ、懐いたらお家に迎えてくださいね」

*東京猫物語は1998年から数年間、東京都心の某公園で猫たちを観察した体験に基づく実話です。

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